[TTS] 加賀級戦艦 土佐 Ver1.0

[TTS] 加賀級戦艦 土佐 Ver1.0
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[TTS] 加賀級戦艦 土佐 Ver1.0
[TTS] 加賀級戦艦 土佐 Ver1.0
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【諸元】
出力87,359
馬力
速度36.3
kt
速度実測値直進時最大 : 34.7
kt
射程15.0
km
攻撃力14,242.8
MW
耐久力1,271.2
GJ
装甲686.7
MJ
安定性72.3
 
傾き0
°
排水量88,903.0
t
密度0.5
g/cm3
全長260.8
m
全幅45.0
m
高さ67.6
m
喫水26.9
m
視界29.4
km
面積11,107.0
m2
パーツ97
%
強さ 5

【装備】
砲熕兵器
  • 40センチ砲×2
  • 38センチ砲×2
  • 36センチ砲×1
  • 15センチ砲×20
  • 12センチ砲×22
  • 96式25耗高角機銃×12
  • 爆雷×2
機関
  • ガスタービンエンジン×1
  • 煙突C×1

【解説】

[TTS] 加賀級戦艦 土佐 Ver1.0管理人はTTS規格の戦艦として<ティルピッツ(耐久力:716.8GJ)><K.G.V(耐久力:1131.0GJ)><長門(耐久力:964.6GJ)>を所有していますが、対戦してみたところ耐久力が高い<K.G.V>が使える印象を受けたので、今回は甲板パーツを使わずにフルアーマー仕様でできるだけ硬い戦艦をつくるテーマで造艦してみました。

…とは言え、既に色々と造ってしまったので、どの艦を造るか迷った末、長門級の拡大改良版との事で都合が良いと感じた加賀級2番艦の<土佐>にする事に決定。全長・全幅とも規定サイズギリギリにする予定だったのですが、横奇数マスで造ったので全幅は最大値より-5mとなりました。艦橋周りは、<長門>のものを元にアレンジを加えた感じに仕上げ、艦橋両脇の射撃指揮装置的なものは、<大和>でも使ったはしご回転バグで横倒しにしたで造ったものを使用しました。

[TTS] 加賀級戦艦 土佐 Ver1.0武装は、40センチ5基10門…と行きたいところですが、40センチ4基8門にしたかった<長門>さえptの関係で諦めたので、今回も40センチ砲×2・38センチ砲×2に36センチ砲×1を加えて5基載せる事に。速度を規定値ギリギリにしたかったので、ここまでの装備で1pt余すのみとなり、魚雷等の搭載はできませんでした。本当は安定性の問題であまり載せたくないのですが、見た目上12センチ砲を両舷に搭載。pt計算外の装備という事で遠慮は要らないので、結構ズラズラ載せてしまいました。配置は<長門>や<比叡>ではくぼんだ部分に砲を搭載していたのですが、今回は逆に出っ張った部分に砲を置いてみました。基本は戦艦戦を想定しているのですが、通常戦で空母に当たる事を考えて高角機銃も12基搭載。対潜用に艦尾に爆雷も積んでみました。

[TTS] 加賀級戦艦 土佐 Ver1.0機関は<長門>同様、艦橋の後ろに煙突Cを露出設置し、艦橋下部艦体内にガスタービンも1基設置。スクリューは当初、4軸で行こうと思っていたのですが、速度がうまく調整出来ず。結局下段スクリューの舵との間に円錐パーツを入れて速度を落とし、両側に更に補助的にスクリューを4基設置して若干速度を補う事で、規定最大値に近い速度を出す事ができました。

悔いが残る部分は安定性。スタビライザーを4枚装備させたので旋回時の安定性は確保しているのですが、安定性の目標は100あたりを考えていたのに、重い兵装を沢山載せたせいで80を切ってしまいました。これではいくら装甲が厚くても、被弾して傾斜するのが早まる気が…中々上手くいかないものです;;

その他の細かいところでは、一応後檣楼両脇に水上偵察機用カタパルトを造形してみたのですが、水上機自体は今回保留とし、搭載しませんでした。


史実ではワシントン海軍軍縮条約で建造中止になった<土佐>ですが、RSBC世界ではネームシップの<加賀>共々戦艦として就役。今のところ本編や外伝では活躍の場が見受けられないのですが、1949年夏のカリブ海での前哨戦とも言うべき戦いに出撃した艦隊に参謀として参加した少佐の手記が、WW3の30年後の昭和42年7月に「旭」という月間戦記雑誌に掲載されたという設定で「秘録」に紹介されています。

この頃のカリブ海は激戦が展開された場所で、日英米枢軸軍が保持していたグアンタナモ、ドイツ軍が保持していたハバナと、フロリダ半島の三点を結ぶ海域は、日本軍は”決戦海域”・英連邦は”バハマ海域”・ドイツは”鉄血海域”・合衆国は”魔の三角海域”…と、参戦各国で様々な別称を付けて呼ばれていた程だった。

1949年8月2日、巡洋戦艦<バルバロッサ>に将旗を置くハイエ少将率いるドイツ高速水上部隊が、キューバ島北岸東部の合衆国軍を艦砲で叩くと、枢軸軍は8月10日にハバナ付近のドイツ軍戦闘機基地を叩く事を決定。8月26日に有賀少将に率いられた艦隊が、日本軍は第9戦隊の戦艦<土佐>・装甲巡<剣>に駆逐艦5隻、英連邦はカリブ海艦隊の戦艦<キング・ジョージ5世>・重巡<エクゼター>に駆逐艦4隻、合衆国は第54・2任務群の戦艦<ワシントン>・装甲巡<アラスカ>に駆逐艦2隻という陣容で出撃。これに対応したドイツ軍は8月28日、戦艦<ツォルンドルフ><リシュリュー>・巡戦<バルバロッサ><シュリーフェン>・装甲巡<リュツオー><シェーア>と駆逐艦7隻が、ハイエ少将に率いられてハバナを出撃した。

枢軸軍艦隊は8月29日1600時頃にユカタン海峡に侵入、ドイツ艦隊も機を同じくして海峡北端へ到着。2つの艦隊は衝突コースに乗り、急激に接近し始めた。両艦隊が互いを認めて戦闘を開始したのは2124時。双方共に電波管制を厳としていたため異常な接近戦となった上に、電探を用いた射撃で大口径砲弾の命中率が異常な高率を示し、<土佐>損傷により有賀少将は指揮権を一時譲るも、4分と経たずに指揮権を継承した<キング・ジョージ5世>も損傷を受けるような混戦に。戦闘は30分程で両軍撤退して終了。ドイツ軍は駆逐艦2隻、枢軸軍は英駆逐艦1隻を喪失したが、損傷艦は異常に多く、両軍とも戦艦級は全て中破以上の損害を受けた。この、第一次ユカタン海峡海戦と呼ばれる戦闘は、カリブ海の悪夢のような戦闘の嚆矢にすぎない戦いだった…。

現在2巻までで止まっている「パナマ侵攻」が続いてくれれば、事実のみの記述で終わっている<大和>沈没の詳細も読めるかもしれないのだけど…気長に待つしかないようですね。